【夜空】


今日の仕事中、僕は少しイラついていた。
山口と鉄腕DASHのロケをしていたのだが、バスの時刻など、事あるごとにタイミングが悪い。
新入りのスタッフでやや手際の悪い者がいたのも、苛立ちの原因だった。
いつもなら仕方ないと見過ごせる事も、ロケの疲れと睡眠不足のせいか、やたらと気になった。


実は前日、仕事が長引いて帰宅したのは深夜だった。
さらに共演したタレントから批判めいた事を言われ、なかなか寝付けずに酒を煽ってしまった。
自分ではさほど気にしていないつもりだったし、切り替えたつもりだったが、まだどこかで引きずっていたのかもしれない。


今日のロケは対決モノで、結果は僕の勝ちだった。
カメラの前では喜んで見せたが、山口がゴールし、終了の声がかかると同時に、笑顔は消えていた。
自分でも余裕がないのがわかった。
こんな状態が続いたら周りにも迷惑がかかる。早くリセットしなければ。
今日は早く家に帰って、一人でゆっくりと過ごそう。
そう決めて、夕飯もロケ弁で済ませ、さっさと家路についた。


家に着くと、まず熱いシャワーを浴び、一日の汗を流した。
そして音楽をかけて照明を落とし、バーボンの栓を開け、唇を濡らす。
TOKIOのリーダー城島』から『城島茂』に戻るこの瞬間が、僕の至福の時だ。
「はぁ…」
自然とため息が漏れた。
ソファにもたれ、ゆっくりと体の力を抜いた。
目を閉じ、大好きな音楽に耳を傾け、頭の中をからっぽにする。
そして体の欲するままに、グラスを傾けた。


気がつけば、あっという間にボトルの半分を空けていたが、まだ目は冴えている。
既に0時をまわっているが、まだ眠れそうにない。
何気なく窓のほうを見ると、カーテンの隙間から月明かりが漏れていた。
ちょっと外でも覗いてみるか…。
一応芸能人なので、普段はあまりカーテンを開けないし、ベランダにも出ないようにしているが、こんな時間だし、少しぐらい大丈夫だろう。


ベランダに出ると、心地いいそよ風が火照った頬を撫でた。
熱くもなく寒くもなく、丁度いい気温だった。
夜空を見上げると、真ん丸の月が輝いていた。
「満月やぁ…」
思わずつぶやいたその時、背後で携帯のバイブ音が聞こえた。
こんな時間に誰やろう?
そう思いながら部屋に戻り、液晶画面を見ると、表示された名前に軽く驚いた。


「もしもし…どないしたん?」
『あ、シゲ?今どこ?』


聞きなれた爽やかな声。
さっきまで一緒にロケをしていた山口だった。


「どこって…家やけど?」
『今日はバーとか行かなかったんだ』
「うん。疲れとったし…」
『そっか。でも飲んでるんだろ?しかももうボトル一本空けたとか?』
山口が少しおどけた声で言った。
「飲んでるけど、まだ半分やって」
苦笑いしながら返すと、今度はやや呆れたような声が返ってきた。
『もう半分?ほどほどにしとけよ〜』
「わかってるって。いきなりどうしたん?」
『ん〜…今日シゲ辛そうだったから、大丈夫かなぁと思って』
「へ…?」


少し驚いた。
なるべく表面には出さないようにしていたが、それでも山口にはわかってしまったんだろうか。


『俺がわかんないと思った?アナタかなりお疲れ気味だったよ』
「え〜…そんなやった?」
『うん。で、どうせ飲んだくれてんだろうと思って電話したの』
「なんやそれ(笑)」
『明日、メントレでしょ。酒の匂いぷんぷんさせて、楽屋来られたんじゃたまんないからね』
「そこまで飲まへんって…」
そうは言ったものの、山口からの電話が無かったら、その可能性は高かったかもしれない。
僕の体を心配してくれたんだろう。
そしてその原因は聞こうとしない、山口のさり気ない優しさに感謝した。


「あ、山口いま家?」
『うん。そうだけど?』
「ちょっと外見てみ〜。月がキレイやで」
『月?』
電話しながら、もう一度ベランダに出る。
電話の向こうでも外に出た気配がした。
『あ、ほんとだ。満月』
「な。キレイやろ?」
『うん。そういえば、月なんて久々にじっくり見たな』
「東京じゃ、普段あんまり夜空なんて見ぃひんもんなぁ」
『だね〜。村では見るけど』
DASH村では、星もたくさん見える。
最初見た時はものすごく感動したものだ。


「…夜って結構明るいんやね」
『明るい?』
「うん。やっぱり夜って言うと真っ暗ってイメージあるけど、実際外出てみたら案外明るいなぁって」
『あぁ。月明かりとか星明りで?』
「うん。建物の明かりもあるけど」
『そうだね。意外と明るいかもね』


そしてどちらともなく言葉が途切れ、僕はただ夜空を見上げていた。
山口もそうしていたのだろうか。
先に我に返ったのは山口だった。
『…っていうかさ。こんな時間になんで男二人で空なんか見てんの?』
「いや…なんとなく…たまには夜風にあたって空とか眺めるんもええなぁって…」
『確かに今日は風も気持ちいいけどさ』
「なんや時間が止まってもうたみたいやない?人も街も…なんもかんも…」
『うん…静かだしね』
「時間に追われる昼間が終わって、後は大人の時間…みたいな?」
わざとかっこつけた声で言ってみる。
『なにそれ(笑)そういうのは女の子相手に言えよ(笑)』
「悪かったな。女っ気なくて…」
今度は少し拗ねた声を出した。
僕はいつの間にか楽しくなっていた。


『拗ねるなよ(笑)っていうかまだ寝ないの?』
「ん〜…なんや夜風にあたってたら、酔いが醒めてきてもうたな」
『ダ〜メ!もう寝なさい!』
「え〜もうちょっとええやん。眠れへんし…」
『明日もキツくなるぞ』
今日の事がちらりと胸によぎった。
そう言われては返す言葉がない…。


「…わかった。ほな寝るわ。おやすみ」
『おやすみ』
「明日な」
『おう。酒の匂いさせてきたら承知しねぇからな』
「わかったって…」
念を押す事を忘れない山口に苦笑しつつ、心配してくれるのが嬉しかった。
「山口」
『ん?』
「おおきにな」
『まぁ…アナタがピリピリしてたらこっちも落ち着かないからさ』
そう言った後、少し恥ずかしかったのか、早口で『じゃあおやすみ』と言った。
僕も「おやすみ」と返し、電話を切った。


部屋に戻り、再びソファに腰掛ける。
もうさっきまでの重い気持ちはなくなっていた。
明日はメントレの収録だ。メンバーに会える。
楽屋での喧騒を想像し、自然と笑顔がこぼれた。


グラスに残っていたバーボンを飲み干すと、半分ほど中身が残っているボトルの栓を締めた。
そして歯磨きなどを済ませ、ベッドに潜り込む。
目の奥で、さっき見上げた満月が輝いていた。
今夜はよく眠れそうだ…。