ウナギ


オレが“異変”に気づいたのは、縁側でカキ氷を食べている時だった。
本物の天然氷と、手作りのイチゴジャムで作った最高のカキ氷は、めちゃくちゃ美味かった。
みんな―メンバーも明雄さんもヤスもマリサも―にこにこ笑顔で食べていた。
ところが、何気なくオレの隣の松岡を見ると、空になった器を見つめてアヒル口になっていた。
「松岡?どうした?」
「えっ?何が?」
「なんかぼーっとしてるからさ」
「いや…あの…久しぶりにカキ氷食ったけど、たまにはいいなぁと思って。あ、俺もおかわり!」
そう言うと、松岡は既に2杯目の氷をを削っていた長瀬の所へ行ってしまった。
なんか怪しい…。
今日の午前中、オレは天然氷業者の所へ氷室の勉強をしに行っていた。
その間、他のメンバーは村の近くの川へウナギを獲りに行っていたんだけど、その時に何かあったんだろうか…。


おやつを食べた後は、みんなで夏野菜の収穫をした。
オレはシゲと二人でトマトの収穫。アイツはキュウリ畑の方にいる。
オレはチャンスとばかりに、オレの後ろでトマトをもいでいるシゲの肩を叩いた。
「なぁ…シゲ」
「うん?」
「松岡さぁ…さっきなんか元気なかったんだけど、なんかあった?」
「あぁ…アイツなぁ…」
シゲが途端に困ったように笑った。
「ちょっとヘコんでるみたいなんよねぇ…」
「なんで?」
「ボクらウナギ獲りに行ったやろ?」
「うん。でっかいの一匹獲れてたじゃん」
「ホンマはもう一匹かかってたんよ。しかもあれよりもデカイやつ」
「へ〜」
「松岡が見つけて一度は釣り上げたんやけどな…。やたら威勢のいいヤツで、糸ごと食いちぎって逃げてしもたんよ…」
「マジで?!あ〜それでアイツ落ち込んでんだ」
「そうなんよ。別にアイツのせいやないんやけどなぁ…ボクかて上手く籠に入れられへんかったし…」
さっきのアヒル口になってたアイツを思い出す。
アイツの事だから、これであのウナギも獲れてたら最高だったのに…とかなんとか思ってたに違いない。
アイツもあれで結構、気にしいだからな〜。
しっかり松岡の事を気にしているこの人も、負けず劣らず…だけど。
「しょうがねぇな。後でなんか発破かけてやるよ」
「うん。頼むわ〜」


夏野菜の収穫を終えると、スタッフが冷たい麦茶を用意してくれていて、一息入れる事になった。
オレは縁側に座っていた松岡の隣に、よっこいしょと腰を下ろした。
「兄ぃお疲れ」
「お疲れさん。今年も大収穫だったな」
「ね〜。また美味いメシが食えるよ」
「いいね〜。あ、美味いメシといえば…」


オレはにやりと笑って切り出した。
「お前、でっかいウナギ逃がしちゃったんだって〜?」
「う、うん…まぁ…ね」
「腹一杯ウナギ食いたかったのにな〜」
「しょうがねぇじゃん。暴れんだもん」


そう言ってまた口を尖らせる松岡。
ホント、からかうとおもしれーなぁコイツ…(笑)


「じゃあ罰としてお前タレ係ね」
「タレ係?」
「蒲焼はやっぱタレが命だろ?」
「うん」
「だから一番プレッシャーのかかるタレ作りをお前がやるの」
「なによそれ〜」
「それとも作れないとか?」
「出来るよ!悪いけど、俺の作るタレは絶品よ?」
「じゃあ決まりだな」
「いいよ。ぜってぇ美味いの作って驚かしてやる!」
「したらオレ、メシ大盛りね♪」
「おう、タレだけでメシ何杯でも食わしてやる」
「タレだけかよ」


二人で顔を見合わせて笑う。
松岡の目に、ようやくいつもの輝きが戻っていた。
ちょっと生意気で、でも、すげぇ純粋なキラキラした目…。
コイツはこうでなくっちゃ…な。




「うっし!最高!」
土間に松岡の声が響き渡る。
その松岡のほうを見て、シゲが可愛い子供を見るように微笑んでいた。
アイツに見せてやりてぇよ。
しょっちゅうヤキモチ焼いてるけど、お前こんなに愛されてるんだぜ?


その日の夕餉は、採れたての夏野菜で作った料理と、少し寂しいうな丼。
でも、皆で焼いた天然ウナギはもちろん、松岡特製のタレも予告通り絶品で、オレのメシも予告通り大盛りだった。


fin