空に還る日〜7〜

お待たせしてすみません…。
一日中うんうん考えて…なんでこんな難しい題材に取り組んじまったんだ?!と泣いておりました(爆)
きちんと形になっているかどうか怪しいですが…。

【空に還る日】〜7〜


町外れの小さな教会。
建物の陰から中庭を覗くと、エントランスのそばの木の上に、長い足を綺麗に組んで、腰掛けている人影を見つけた。
茶色い髪と純白の翼が、陽に透けてきらきらと輝いている。
紛れもなく、シゲだ。
俯いて目を閉じて…何を考えているんだろう?
彼女のこと?自分の未来のこと?もしかしたら、この世界に別れを告げてでもいるのだろうか…。



静かに吹き抜ける風。
その風に誘われるように、シゲが顔を上げる。


大きな目が見開かれる。
その視線の先には……シゲの翼と同じ、純白のドレスを着た女性…。
色の白い肌に、シンプルな純白のドレスがよく似合って…とても美しい人だった。



「雪菜…」
口の動きで、そう呟いたのがわかった。




彼女は辺りを見回して、何かを探している風だった。
シゲはそんな彼女をただじっと見つめている。
切なそうな…愛しそうな…とても優しい瞳で…。


やがて彼女は、そっと空を見上げ、ゆっくりと目を閉じた。
「城島くん…?」


シゲの目が、再び驚きに見開かれる。


「どこかに…いるんだよね……いつも見守ってくれてたもんね…」


静かに優しく響く彼女の声。



「ありがとう…私、幸せになるね…」


すうっ…と、彼女の頬に一筋の涙がこぼれた。
と、その時だった。


突然、ふわぁ…っと強い風が巻き起こった。
辺り一面の…花吹雪…。
シゲが座っていた、まだ半分ほどしか咲いていなかったはずの桜が、一瞬で満開になっていた。
ふわふわと舞い続ける花びら…彼女も呆然と桜を見上げていた。




薄ピンクの花びらが彼女の頬に、そっと落ちる。
そして、すっと…溶けた…?
気づくと、俺の頬にも冷たいものが落ちてきていた。
「雪…?」



桜の花びらだったはずのそれは、いつの間にか季節外れの雪になっていた。



「ありがとう…城島くん、ありがとう…」
彼女はぽろぽろと涙をこぼしていた。




全く…気障なことするよな…。
これは後からタイチに聞いたことなんだけど、春先に降る温かい雪は、『エンジェル・ティアー(天使の涙)』って呼ぶらしい。
天使が降らす雪で、それを頬に受けると幸せになれるって言われてるんだって。


もしかして、シゲは最初っからそうするつもりだったのかな?
だったら俺のした事は意味無かったのかな?
もう、どっちでもいいや…。


これで、本当にお別れだ…。





―「茂くんの旅立ちは、明後日じゃない」


2日前、タイチから聞かされたのは、そんな言葉だった。


「…どういう事だ?」
「…」
「タイチ!」
俯いたまま、何も言おうとしない太一から半ば強引に聞き出す。


「他の仲間から聞いたんだ…茂くんが行く日…ほんとは結婚式の次の日だって…」
「次の日…?」
「その後、1日繰り上がったって言ってきたらしいけど…生まれ変わる予定が変わるなんてこと、あるはずないんだよ…」
「じゃあ…シゲが嘘ついてるって事か?なんで…」


タイチはまたきゅっと口を結んだ。
何かを迷っているように、目が泳ぐ…。


「タイチ」
まっすぐにタイチの目を覗きこむ。
その目からは今も涙がこぼれそうだった。


「最後の…仕事があるんだって…」
「最後の仕事?」
「天使の…仕事…」


天使の仕事…それは亡くなった人の魂を迎えに行くこと…以前、確かにそう聞いた。
シゲの嘘、天使の仕事、タイチの涙…。
全ての疑問が、ある所で繋がった。


信じ難いその答えに、頭の中が真っ白になった。
まさか……でも…シゲならやりかねない…。



「タイチ…。俺…うぬぼれていいかな?」
「山口…くん…?」



――…




いつの間にか、シゲの姿はどこにも見当たらなくなっていた。
俺はその足ですぐに東京に戻った。



向かったのは通い慣れた大学。
校舎に入ると、まっすぐに屋上へと登った。
重たい扉を開くと、陽射しが溢れ、コンクリートの床を眩しく照らしていた。
ここで、講義をサボって、シゲとだらだら話していた事もある。
思い出の場所のひとつだ。


俺は比較的目立たない隅っこに行くと、フェンスを乗り越えて、外側の僅かなスペースに立った。



高い―…。
いざ立ってみると予想以上に高くて、さすがに足がすくんだ。
ラクラとめまいを起こしそうになり、慌ててフェンスを掴んだ。


荒い呼吸を繰り返し、ごくんと唾を飲み込む。
そして、手を離し、ヘリの上に立った……。


遥か下に見える裏庭。落ちれば確実に命は無いだろう。
でも…こうするしかないんだ…こうするしか…。




「達也!!」
突然聞こえた叫び声にハッと顔を上げた。
次の瞬間、すごい力で何かに押された。
背中に鈍い衝撃…。
気がつけば、俺はフェンスとヘリの間に倒れこんでいた。


そして、俺を抱きしめるように覆いかぶさっている、白い翼…。
細い指が、俺の肩や背中に食い込んでいた。
耳元で聞こえる荒い息遣い…。



名前を呼ぼうとしたけれど、呼べなかった。
声が…出なかった…。



「達也…!大丈夫か?!」
シゲが体を起こし、俺の顔を覗き込んだ。
必死な険しい表情…。



「シ…ゲ…」
口を動かしたけれど、酷く掠れた声しか出なかった。


「達也…っ」
パシッ…という音と共に、頬に鋭い痛みが走る。



「このドアホっ!!なに考えとんねんっ!!そんな…そんな事してボクが喜ぶと思うか?!自殺なんかしたら天国にも行かれへん…ホンマにもう二度と会えなくなんねんで?!」」
「ごめん…」
「ごめんちゃうわっ!」
「シゲ…」


シゲの言葉が嬉しくて…シゲがここに居るという事が嬉しくて…みるみるうちに視界が曇っていく。
堪え切れなくなって、思わずシゲに抱きついた。
「シゲ…シゲ……っ…」
「達也…」
「来てくれるって…思ってた…」
「え?」
「こうすれば…来てくれるんじゃないかって…だから、ワザと……。ごめん…」



シゲは“その時”が来るまで、絶対に姿を現さないだろうと思った。
でも、どうしても会いたくて…バカな事するなって言いたくて…それにはこうするしかなかったんだ…。
もしシゲが来なくても、それはそれでいいって思ってた。
シゲの負担にならずに済むなら…って…。
でも…。


「俺、やっぱ嫌だよ…シゲと離れるのも…死ぬのも…嫌だよ…っ!」


実際に死を目の前にして…ハッキリと感じた“恐怖”。
ずっと心の奥に押し込めて、絶対に言うまいと思っていた“本音”を、全部ぶちまけていた。


かっこ悪いのもワガママ言ってるのもわかっていたけど、止められなかった。


「達也…」
シゲがふわりと俺を包み込む。
髪を撫でられる心地いい感触…。



「自分ホンマにアホやな…。かっこつけ過ぎやで?怖いなら怖い、嫌なら嫌て言うたらええやんか」
「だって…」
「ボクかて嫌や。達也と離れなアカンのも、よりによって達也を迎えに来なアカンのも…」
「シゲ…」
「ボクら…おんなじ世界で出会えてたらよかったのにな…」


シゲの言葉が、胸の奥深くに沈んでいく…。
俺も…ずっとそう思ってたよ…そうだったらどんなによかったかって…ずっと…ずっと…。


「覚えてるか?初めて会うた時のこと…。達也、ボクに傷の手当てしてくれたよな。天使に傷の手当てする奴なんて初めて見たわ」


そう言ってシゲが笑う。
つられて俺もちょっと笑った。


「…ボク、施設育ちやから敬遠されること多くて…そんな風に近づいてきてくれた奴おらんかったから、嬉しかった。あん時にな、何があっても達也のこと守るって…そう決めてん」
「シゲ…」
俺を包む手に力がこもる。


「俺もだよ…」
「うん?」
「初めて会った時…アンタ笑ってくれただろ?ありがとぉ…ってふにゃっとした顔でさ」
「…なんやねん、ふにゃっとした顔って」
「あの時、アナタが俺の全てを認めてくれた気がして…嬉しかった。俺、こんな見てくれだし、性格もあるけど…頼られる事ばっか多くて、誰かに頼ったり甘えたりって無かったからさ…。ありのままの俺を認めてくれた気がして、嬉しかった。だからアナタの事は絶対に裏切らないって…そう決めたんだ」


なのに…用意された結末は、あまりに酷なものだった。


どうして俺なんだ?
どうしてシゲなんだ?
どうして…出会ったんだ?


ずっとそう思ってた。
その答えが、ようやくわかった気がした…。


俺じゃなきゃダメなんだ。
シゲじゃなきゃダメなんだ。
出会った意味は…ちゃんとあったんだ。



「達也」
シゲのしっかりとした声に、ハッと顔を上げる。
シゲはまっすぐに俺を見据えていた。


「二人で…もがこう」
「え?」
「ボク、達也を助けられんかったら絶対後悔する。未練ありまくりで次の世界なんか行けるわけないやん!どっちみち行けへんの


やったら…達也を助ける。ボクの最後の仕事は、達也を迎えに行く事やない。助ける事や」


茶色い瞳に強い光が揺れていた。


「でも…そしたらシゲは…」
「たとえ消滅させられても…達也を助けられるんなら、それでいい」


あまりにも強い言葉…。
その言葉に抗うことなど、もう出来なかった。


「わかった…俺も最後まで闘うよ。アナタとの出会い、無駄にしないように。その代わり…」
「その代わり?」
「シゲも諦めるな」
「達也…」
「生まれ変わって次の世界に行くこと…絶対諦めるな」


二人で生きよう。


そう言ったら、シゲは嬉しそうに笑って頷いた。










「そしたらもう戻らな。危ないで」
「そうだな」
もう一度フェンスをよじ登って戻っ…。


「うわ…っ?!」
「達也?!」



有り得ないことに、足場として足を乗せたヘリが…崩れた―。