空へ還る日〜1〜

ふと思い立って書き始めました。
まだ続く予定です。初の続き物になりますね。
自分に発破をかけるため、早々に発表する事にします^^;
温かく見守っていただけたら幸いです…。



【空へ還る日】〜1〜



だいぶ寒さが和らぎ、過ごしやすくなってきた春の海…。
俺は、仲間と久しぶりの波乗りに来ていた。




「おーい、山口〜!そろそろ休憩しようぜ〜!」


仲間が少し離れたところから手を振っている。



気づけばもう2時間ほど海に入りっぱなしだ。
春と言っても海の水はまだまだ冷たくて、体も冷えてきたし、そろそろ上がった方がいいかもしれない。
でも、春の陽に照らされ、きらきらと青く輝く海の中に揺られているのは、本当に心地よくて。
上がってしまうのがなんだか勿体無く感じた。


「俺、もう一本乗ってくよ!先上がってて〜!」


そう言って再び波待ちをする。



…来た!いい波だ!
自分の位置を測り、パドリング開始。
うねりが近づくにつれ、スピードを上げる。
そして、波がボードを押し上げる瞬間を見極め…テイクオフ!



「あ…っ!」


バシャン!!
バランスを崩し、思い切り水中へダイブしてしまった。
全身が泡に包まれる。揺ら揺らと煌めく水面。
マリンブルーの世界はとても美しく…とても怖ろしくて…。
急いで遠ざかる酸素に手を伸ばした。


「ぷはぁっ!」
海面から顔を出し、思い切り呼吸をする。
そして、ボードを引き寄せようとした時だった。



「自分、ホンマに海好きやなぁ〜」
突然、柔らかな関西弁の、のほほんとした声が聞こえた。
見れば、ボードの上にちょこんと座っている、にっこり笑顔の男。
もちろん、そんなこと普通の人間に出来るはずは無く…。


「…アナタね、サーフィン中に出てくるのやめろって言ってるでしょ?びっくりして溺れたらどーすんの!」
「そしたら、ボクが助けたるわ」
「泳げねーくせに」
「あ、せやった」


そんな事を言ってのけるこの男の背中には、真っ白な翼がついている。
そう、この男―シゲ―は天使。天使のくせにカナヅチ。いや、天使だからってなんでも出来るわけじゃねぇのか…。


「しかし、よく何時間も海に入ってられるなぁ〜」
「サーファーにとっては当たり前だよ。それに、やっと期末試験から解放されたんだから」
「ボクにはわからんわ」
「だろうね。…うわっっ!」


話している間に後ろから来た波にのまれてしまった。
シゲはしっかり飛び上がって避けている。


「ぷはっ!!」
「達也、大丈夫か〜?」
「誰のせいだよっっ!」
言いながら、シゲに向かって水を跳ね上げる。
「うわっ!羽に掛かったらどないすんねん!」
「乾かしゃ大丈夫だよ」
「ちょっ…やめいって!」


へろへろと飛びながら避けるシゲ。
構わずに水を飛ばし続ける俺。
シゲといると、ついつい子供に戻ってしまう。



この不思議で、ちょっと頼りない天使に出会ったのは…そう、もう1年も前のことになる―。






その日、俺は引っ越し屋のバイト中だった。
その家は一軒家で、梱包した荷物をトラックに運んでいる最中、ふと見上げると、2階の窓に有り得ないものが見えた。
3つか4つぐらいの小さな男の子。その子が、窓から身を乗り出し、今にも落ちそうになっていた…。


「危ない!」


思わずそう叫んだその時、男の子の体が、がくりと前に倒れた―。



咄嗟に走り出す。
ダメだ。間に合わない…!
そう思ったときだった。突然、俺の横を何かがものすごい速さで駆け抜けた。
そして次の瞬間、男の子の体がふわっと持ち上がった。
いや、大きな白い翼を持った男が、男の子を抱きとめていた…。


天使が助けてくれた…そう思った。
それは間違いなく事実だったわけだけれど。
でも、かっこいいのはここまでだった。
男の子を受け止めた天使は、バランスを崩したのか、男の子の体重を受け止め切れなかったのか…。
「おわっ!」と声を上げ、妙な体勢でドサッ!と庭に落ちてしまった。
あとは何事も無かったような静けさ。




俺は今見たことが信じられず、呆然と立ち尽くしていた。
すると、「ママぁ?」という男の子の声。
ハッと我に返り、おそるおそる二人が落ちた所へ近づいた。


そこには大の字に伸びた天使と、天使の上できょとんとしている男の子がいた。


男の子は俺を見て安心したのか、みるみるうちに目に涙を溜めていく。


「よ、よしよし!もう大丈夫だぞ、な?」
「ふぇ〜〜ん!ママぁ〜〜…」



「山口、大丈夫か?!」
「智也っ!!」


呼ばれて振り返ると、運送会社の仲間と、男の子の母親が血相を変えて駆け寄ってくる所だった。
とりあえず子供を母親の腕に返す。


「智也…よかった…!ありがとうございました!本当になんてお礼を言っていいか…!」
「山口、ケガはないか?!」
「あ、いや…俺じゃなくて…」


この人が…と相変わらず伸びている天使を振り返る。


「誰もいないじゃないか」
「どなたか別の方がいらしたんですか?」
「え…あ、いや…」



どうやら、天使は他の人には見えていないようだった。
そういや、天使や悪魔が出てくる漫画とかって、大体そんなもんだよな…。
そんで熱弁したら頭がおかしいと思われるだけってな、うん。


…なんて妙な納得をして、その場は適当に誤魔化した。



そして、その場から人がいなくなった後、こっそり天使の元へと戻った。
まだ伸びたままの天使の顔を覗き込む。


「天使…だよな?」


その証拠に背中に大きな白い翼。だけど、それ以外は人間となんら変わりなかった。
服は絵本とかで見る白いヒラヒラじゃなくて、Tシャツにジャケットにジーンズ。
普通の人間の若者が着るようなのだった。
しかも天使なのに茶髪。左耳にはピアスまでしてる。年は俺と同じぐらいだろうか?


なんて観察していたら、天使が「んんっ…」と声を上げて、身じろぎをした。


ゆっくりと目を開ける。その瞳は髪の色と同じ、薄茶色だった。


「気がついた?」
声をかけると、天使はようやく俺の存在に気づいたようで、くりっとした目をさらに大きく見開いた。
がばっ!と音がつきそうな感じで起き上がると、きょろきょろと辺りを見回す。
「あの男の子は?!」
「あぁ、あの子ならアナタのおかげで無事だよ。もうお母さんの所に返した」
「よかった…って…」


今度はまじまじと俺の顔を見る。


「自分、ボクが見えるん?!」
「うん。普通に」
「マジで…?」
「うん。アナタ天使だよね?羽あるし」
「おん…ホンマに見えるんや…」
「俺、昔からちょっとそういう体質だったしね」
「それでも大人に見えるんは珍しいわ…」


そういえば、純粋な子供には天使が見えるとか言うよな。
俺もガキの頃、そんな事を夢見ていた事があったようななかったような…。
でも、まさか関西弁の天使がいるとは思わなかった。


「それより、アナタ大丈夫?ケガない?」
「ケガ…あ…腕、擦り剥いてる…」
「しょーがねぇな。貸してみ」
天使に怪我の手当てをするのも変かな…と思ったけど、一応血出てるし、消毒して絆創膏を貼ってやった。


「ありがとぉ。自分優しいなぁ」


天使はにっこりと…これがエンジェルスマイルか…と思うような笑顔を見せた。
その笑顔があまりにも優しくて…キレイで…男の笑顔に見とれたのは、生まれて初めてだった…。


「ボク、茂いうん。シゲって呼んでぇな」
「俺、山口達也
「また遊びに来てもええか?」
「…どうぞ」



これが俺とシゲの『馴れ初め』。
普通、天使なんかに会ったら、もっとびっくりするもんかもしれない。
だけど、シゲ独特の柔らかい雰囲気のせいだろうか?
自分でも驚くぐらい素直にシゲの存在を受け入れていた。



それが、あんな結果を招く事になるなんて…思いもしなかった…。