空へ還る日〜2〜

第2話です。ここまではまだ順調…かな?



【空へ還る日】〜2〜



「じゃ、俺そろそろ上がるよ」


一頻り騒いだ後、そう言ってボードを引き寄せた。


「おん。ボクもそろそろ行くわ。夜また行ってええか?」
「どうぞ。待ってるよ」
「ほな、仕事行ってくるわ〜」
「はいはい。じゃーねー」


ふわり。
翼を広げ、空高く飛び立っていくシゲ。
細く、華奢な体。純白の羽と、茶色の髪が陽に透けて輝いている。
その姿は、何度見ても優雅で、美しい…。




俺は、シゲが空に溶けるのを見届け、仲間の待つ浜辺へ戻っていった。


シゲはいつもこんな風に、何をするでもなく現れる。
そうだな、週に2,3度っていう所かな。
何気ない事を話して、ふざけて、遊んで、帰って行く。


俺もそんなシゲに癒され、シゲとの時間を楽しみにするようになっていた。


天使が友達…なんて、誰も信じねぇだろうな。
というか、誰にも言う気はないんだけどね。
言ったって信じるはずないし、大学生にもなった男が天使だなんて、恥ずかしくて言えるわけがない。











夜―…。


コンコン。
窓を叩く音がして、顔を上げると、窓の外にシゲが立っていた。


「どうぞ」
「お邪魔しまぁす」
するりとガラスをすり抜け、部屋の中に入ってくる。
俺は読んでいた雑誌を放り出し、冷蔵庫へ走る。


「あ〜疲れたぁ…」
「お疲れさん。はい」


冷蔵庫から取り出したお楽しみのブツを、座り込んだシゲに手渡す。


「さんきゅー。久しぶりやなぁ、達也と飲むの」
「試験で忙しかったからね」
「んじゃ、とりあえず…」
「カンパイ!」
「かんぱ〜い!」



そう、この人、天使なのに酒を飲む。しかもかなりの酒好き。



「っぷはぁ〜!」
「やっぱこれやなぁ!」
「…ぷっ」
「はははっ!」


二人してオヤジ臭いことをいい、顔を見合わせて笑いあう。


「したら、つまみやな!何がいい?」
「乾きもんなら買ってあるぜ」
「冷蔵庫の中は…っと…あ、肉あるやん。野菜も残っとるし、なんとか出来そうやな」
「んじゃ、よろしく〜」
「まかしとき」


エプロンをして台所に立つシゲ。
なんとこの天使さんは、料理まで出来てしまう。しかもなかなか美味い。


天使は食わなくても別に平気らしいけど、美味いもんは食いたいやん…というのがシゲの意見。
カロリーとか気にしなくていいのは、ちょっと羨ましいかもな。



俺とシゲは、たまにこうやって二人だけの飲み会を開いている。
シゲに飲もうと言われた時は驚いたけど、二人で飲むのも結構楽しくて、今は俺もかなり楽しみにしている。
さすがにシゲに買い物は出来ないから、酒やなんかは俺が用意してたんだけど、それじゃ申し訳ないから…と、
ちょっとした料理を作ってくれるようになった。


この天使さんは、エプロン姿もなかなか似合う。
ちなみに、今は羽は仕舞って見えなくなってる。こうしてるとどっからどう見ても普通の人間だ。




「はい、できたで〜」
「お、美味そ〜!」
シゲが野菜炒めとマーボーナスを持って戻ってきた。
いい匂いが食欲を刺激する。


「あれ?マーボーナスの素なんてあったっけ?」
「おん。冷蔵庫の奥に。賞味期限が2週間ほど切れとったけど」
「…おい」
「こういうもんは2週間ぐらい平気やって。捨てたらもったいないで?」
「そりゃ、シゲは腐ったもん食おうが関係ないからいいけどさ〜」
「そんなことないで?ちょっとは調子悪くなるよ…たぶん」
「たぶんかよ」
「ほら、いいから熱いうちに食いや。冷めたらマズなるで」
「はいはい…おかんみたいだな。あ、ウマイ」
「やろ?野菜炒めもなかなかやで〜」


にこにこと嬉しそうに微笑むシゲ。



…なんだろう?いつものシゲだけど、何か違う。。
いつも以上に俺の世話を焼いてるような…そんでいつも以上に嬉しそうな…そんな気がする。
“仕事”で何かあったのかな…。




天使にも仕事はある。それは、現世での人生を終えた人の魂を、迎えに行くこと。
でも、一口に人生を終えたと言っても、色んな人がいる。
きちんと命を全うした人もいれば、事故や事件で突然命を絶たれてしまった人もいる。
中には自分が死んだ事に気がつかない人もいるかもしれない。
そんな魂を迎えに行く役目をしていれば、時に、辛い事実を目の当たりにしてしまう事もあるだろう…。
シゲは優しいしな…。


もしかしたら、シゲが俺に会いにくるのは、そんな辛い気持ちを忘れたいからなんだろうか?
だとしたら、俺はなんだってする。
シゲが笑ってくれるなら…なんだって…。




コン、と空になったビールの缶を置き、シゲが立ち上がった。


「ほな、そろそろ行くわ」
「え、もう帰るの?」
「おん。最近、同居人がうるさぁてなぁ…いい加減にしとけとかなんとか…」
「そっか…」
「根はええ子なんやけどなぁ」
「ふーん…」


天国にはパートナーというか、一緒に過ごしている天使がいるらしい。
そんな笑顔でいい子だなんて言われると、ちょっと面白くないような…って何言ってんだ俺…。


「じゃあな、気をつけて」
「おん、またなぁ」


ふわり。
翼を広げ、漆黒の夜空へ飛び立つ。
月を背に、手を振るシゲ。
月明かりに照らされた翼が白く浮かび上がり、昼間とはまた違う美しさがあった。
その表情が少し切なげに見えるのは…闇のせいだろうか…。




ベランダでシゲを見送って、部屋に戻ると、急に寂しさがこみ上げた。
大学に入って一人暮らしを始めて3年。
一人なんて慣れてるはずなのに、重症だな、こりゃ…。



そんな思いを振り切るように、残った料理とビールを胃袋に流し込んだ。