空に還る日5

続けてUP。
創作欲に火がついた模様です…(爆)
それをずっと続けろよって話ですが^^;



【空に還る日】〜5〜


その夜、約束通りシゲはきた。
いつものようにシゲを迎え入れ、いつものように飲み始める。



いつもと違うのは…お互いに笑っていないこと…。
どちらともなく、会話が途切れる。



早く話を済ませてしまいたいような、永遠に話したくないような…複雑な気持ちだった。
シゲの背中を押してやろうって…笑顔で別れようって…決めたはずなのに。
何も言葉が出てこなかった…。




「達也…」



シゲが不意に口を開く。
どきりとして、思わず手にしたつまみを取り落としそうになった。


「な、なに?」


シゲはまっすぐに俺を見据えていた。
そして、口元にふっと微かに笑みを浮かべた。



「もう…知ってるんやろ?」


今まで見た事が無いぐらい、深く穏やかな顔だった。
…なんだ、お見通しだったんだ。




俺はちょっと目を伏せて、頷いた。


「今週…」
「え?」
「今週の土曜日にな…結婚式があるんよ」
「…誰の?」
「僕の大切な人。一緒に施設にいた子で、初恋の人やってん。でも好きやて言えへんまま僕死んでもうて…。その子も施設出てからいろいろ苦労してな…今やっと幸せになろうとしてんねん」
「そうなんだ…」


初めてアナタの口から聞く、アナタの話…。
それはずしりと重くて、タイチから聞いた事は事実なんだと、改めて実感した。


「その結婚式が終わったら…僕の使命は終わりや」
「…生まれ変わる…ってこと?」


シゲが頷く。


「そんな…じゃあ、あと3日…?」
「ホンマはもっと早く言おうと思っててんけど…決心つかんくて…ごめんな…」
「シゲ…」


薄茶の瞳が、不安げに揺れていた。


俺の心も揺れそうになる…でも………。
きっと、一番悩んでいたのはシゲだ。
そして悩ませていたのは俺の存在。なら…もうこれ以上重荷になるわけにいかない。



「そっか…おめでとう」
「達也…?」
「だって、良いことだろ?生まれ変われるんだからさ」
「それはまぁ…そうやけど…」
「だったら胸張っていけよ。次の世界にさ」
「でも…もう会えへんくなるんやで…?」
「うん…でも大丈夫。俺はアナタにたくさん力もらったから…」
「力?」
「どんな時でも笑顔でいること。人に優しく出来る自分でいること。その大切さをアナタに教えてもらった。本当の意味での強さ…教えられた」
「達也…」
「アナタの存在、俺の中にちゃんと残ってるから…だから…大丈夫……ぜって…忘れないから…」


涙がこみ上げてきて、最後は言葉にならなかった…。
泣くまいと、ぎゅっと拳を握り締める。


と、不意に視界が遮られ、温かいものに包まれた。
肩に触れる指の感触。


気がつけば、俺はシゲの腕の中にいた。



「達也…ありがとう……。僕…友達らしい友達、達也が初めてやった…やから…嬉しかった」
「うん…」
「達也に会えて…よかった…」
「うん…」
「ありがと……ありがとう…」
「うん…ありがとう…」




シゲは何度もありがとうと言った。
俺も同じぐらいありがとうと言った。
終いには、お互いに何を言ってるのかわからなくなって、二人で笑い出した。





そしてまた酒を酌み交わす―。



「そこに隠れてる奴も出てきたら〜?」
そう声をかけると、ベランダの窓から、気まずそうにもう1人の天使が顔を出した。


「なんでわかったわけ?」
「勘♪」
「タイチ…。タイチにも色々心配かけてごめんな…」


シゲがタイチの頭を撫でると、照れくさそうにその手を振り払って、どかっと隣に座った。


「呼んだからにはオレの分もあるんだろうね?」
「はいはい、どうぞ」



運命の夜は、思ったよりも賑やかに終わりそうだ。
これで…いいんだよな。うん、いいんだ、これで…。



最後の日も、笑顔で別れよう。
飛び立つアナタに、笑顔で手を振ろう。
俺はそう心に誓った…。






―…
結局、俺は酔いつぶれてしまったらしい。
気がつくと朝になっていて、二人とも姿を消していた。


ご丁寧に食器や空き缶なんかも片付けられていた。
一瞬、今までのことは全部夢だったんじゃないか…と妙な感覚に襲われた。


いっそのこと、そうだったらどんなにいいだろう…。



しかし、そんな考えは、即座に吹き飛んだ。
床にふわりと落ちていた…純白の羽根…。
手に取ると、とても軽く、キラキラと輝いていた。


シゲの羽根だろうか…。




そうだ…あと3日なんだ…現実逃避してる場合じゃねぇ…。


俺はシゲに与えられるばかりだった。
最後に何かしてやりたい…。何か…シゲのために出来ること…。



“コンコン”


突然、窓を叩く音がして、驚いて顔を上げた。
すると、そこにいたのは…。


「タイチ?」
「お邪魔します…」
「どうしたんだ?」
「昨日忘れ物しちゃったみたいで…銀色のペン落ちてなかった?」
「ペン?」


暑くなって脱ぎ捨てたTシャツを拾い上げると、その下にそれらしきものが落ちていた。


「ああ、これ?」
「これこれ。よかった〜。じゃ…」
「ちょっと待て」


帰ろうとするタイチの背後から、がしっと捕まえた。


「な、なに?!」
「ちょっと協力して欲しい事があるんだ」
「協力?」
「シゲのためなんだ…頼む!」
「…わかったから離して」